【ペースメーカー10年目】病気は突然やってくる。これから当事者になる人へ伝えたいこと

こんにちは、心臓が止まってしまった吉川です。

気づけばもう、そんな時期かーという話を今日はしようと思います。
実は今年で、僕の体に初めて異変が起きてから「10年」、そしてペースメーカーを植え込んでから「9年」が経ちました。

数字にしてみると、いやーけっこう長いっすね(笑)。10年前の自分に「お前、あと10年ペースメーカーと一緒に生きてるよ」って言っても、たぶん「は?何の話?」って真顔で返されると思います。それくらい、あの日までの自分は「心臓が止まる」なんてこと、微塵も想像していませんでした。

節目の年ということもあって、今回は珍しく振り返り多めの内容にしようと思います。そして後半では、これから同じように「当事者」になるかもしれない人たちに向けて、今の僕が伝えられることを書いていきます。

病気は、本当に「突然」やってくる

まず最初に言っておきたいのは、これに尽きます。病気って、心の準備をさせてくれないんですよね。

僕の場合もそうでした。前触れらしい前触れなんて、正直ほとんどなかったんです。普通に働いて、普通に友達と遊んで、なんとなくだけど「将来どんなふうになってるのかなぁ〜」みたいな事をぼんやり考えていた、そんな「普通の日々」の延長線上に、ある日突然「あれ、なんかおかしいぞ」という違和感がやってきました。

最初の異変は、今思えば本当に些細なものでした。
「なんかいつもと違うな…」というほんとちょっとした違和感。
うまく言葉に表すのは難しいのですが、胸の奥に突っかかるような本当に今まで感じたことのないわずかな変化でした。それがいつしか突然のめまいになり、そして意識が遠のくような感覚、こればかりは実際に体験してみないと何とも言い表せない感覚でした。
忙しい日々の中では「疲れてるのかな」「寝不足かな」で片付けてしまいがちな、そのくらいのサインだったんです。実際、僕自身も最初は「まあそのうち治るだろう」くらいにしか思っていませんでした。まさかそれが、心臓の伝導系の異常だったなんて。

これを読んでいる人の中にも、「最近ちょっと調子悪いけど、まあ大丈夫でしょ」って思っている人、いるんじゃないでしょうか。もちろん、すべての不調が重大な病気に繋がるわけじゃありません。でも「自分だけは大丈夫」という根拠のない自信は、正直あんまり当てにならないというのが、当事者になった僕からの率直な感想です。病気は年齢も、体力も、生活習慣の良し悪しすらも、そこまで律儀に選んでくれません。突然、フラットにやってくるんです。

ペースメーカーのイラスト

医師から病気を告知された時の心情

2018年11月2日
ホルター心電図のイラスト

ホルター心電図までの経緯

2018年11月1日
心臓のイラスト

完全房室ブロックという体験

2018年10月31日

違和感から診断まで

異変を感じてから、実際に不整脈による「完全房室ブロック」という診断がつくまでの道のりも、今振り返ると色々ありました。最初にかかった病院では「様子を見ましょう」で終わり、正直このときは病院に行っても検査の結果が特に異常なしで終わり、「そんなはずはないだろう!?」とやり場のない怒りと、どうしたらいいんだ…と言う焦りがありました。確かに今まで感じたことのない症状、でも病院での結果は何も異常がない。。いや、実際に本当に異常がないのか?だとしたらこの症状は何なんだ?といった感じでその当時の自分は頭の中で自問自答したり、ネットで似たような症状に当てはまる病気はないか探していた時期でした。

しかし、症状は良くなるどころか、じわじわと生活に影響を及ぼすようになっていきました。立ちくらみの頻度が増えたり、一瞬フッと意識が飛ぶような感覚があったり。さすがにこれはおかしいと思って、かかりつけの先生にお願いして大きい病院で検査をしたい旨を伝えました。そして循環器の大きな病院を改めて受診したところ、そこで初めてホルター心電図という長時間の心電図検査を受けることになり、結果として脈がかなり長い時間止まっていることが判明しました。

このときの気持ちは、正直うまく言葉にできません。「え、止まってるの?自分の心臓が?」どういった感じでしばらく頭が理解できていなかった、いや理解を拒んでいたのかもしれません。人間の心って、想像以上に鈍いところがあって、自分の命に関わる話をされても、実感がわくまでにはタイムラグがあるんだなというのを、あのとき初めて知りました。

そこから医師に「ペースメーカーの適応です」と説明を受け、手術日程が決まっていくスピード感には、正直ついていくのがやっとでした。「緊急入院ですぐ手術しましょう」と言われたときのあの感じ。今でもわりとはっきり覚えています。

手術、そして「こいつと生きる」という現実

手術自体は、あっさり終わる…予定だったのですが、以前のブログにも書きましたが、自分が非常に緊張しすぎて「徐脈」でペースメーカーを植え込むにもかかわらず、頻脈を連発し終始緊張状態だったのを覚えています。しかも局所麻酔での手術で、鎖骨の下あたりを切開して、リードと呼ばれる電線を血管を通して心臓まで届け、本体を皮下に埋め込む。といった文字にしても壮絶ですが、実際の体感としては「あの時間が永遠に続くのではないか」くらいの感じで自分にとってはそれはもう恐怖でした。人によってはあっという間に終わって、そんなに怖くもなかったと言う話を聞くのですが、いやー自分はマジで怖かった。。
そして術後、傷口の違和感や、体の中に「異物」が入っているという感覚に慣れるまでの方が、時間がかかりました。

ペースメーカーの手術後はそれほど何も思っていなかったのですが、心の中にふつふつと「これから一生、機械と一緒に生きていくんだ」という事実を受け止めるプロセスが発生しました。これは正直、一朝一夕には終わりません。手術が終わった直後は「命が助かった」という安堵感が大きいんですが、日常生活に戻っていく中で、じわじわと「あ、自分はもう元の体には戻れないんだな」という現実を噛みしめる瞬間が何度もありました。

退院してからしばらくの時期はそれが顕著でした。何しろ30年生きてきた中でそれまでとは違う「異物」を植え込んだので、それが自分の生活にどれほどの影響を及ぼすのかが未知数でした。そしてそれが非常に不安でした。
満員電車で人にぶつかられそうになったとき。空港のセキュリティゲートで金属探知機に引っかかったとき。健康な同年代が当たり前のように仕事頑張っている姿を見たとき。そういう「なんでもない日常のワンシーン」の中に、ふとした瞬間、自分と他の人との違いを突きつけられることがあるんですよね。これは9年経った今でも、正直ゼロにはなっていません。

 

それでも、9年間ちゃんと生きてこられた

とはいえ、ここまで暗い話ばかりしてきましたが、ちゃんと伝えておきたいのは「それでも9年間、ちゃんと生きてこられた」ということです。

仕事も続けてきましたし、結婚もしましたし、子どもも生まれました。ペースメーカー植え込み後も、定期検診をきちんと受けて、体調管理をしながらではありますが、それなりに「普通」に近い生活を送ることができています。もちろん制限はゼロじゃないですし、無理はできません。でも「ペースメーカーが入ったら人生終わり」みたいなイメージを持っている人がもしいたら、それは違うよ、と胸を張って言えます。

「不便はあっても不幸じゃない」

このブログを2018年に始めたのも、「おなじゃい境遇の人による情報発信」が、当時あまりにも少なかったからでした。子どもや高齢者の心臓病の情報はたくさんあっても、20代・30代で急にこの世界に放り込まれた人向けの、リアルな体験談ってなかなか見つからなかったんです。だからこそ、自分の経験を発信し続けることに意味があると思って、ここまで続けてきました。
おかげさまで、不定期ではありますが様々な情報発信を通じていろんな方と交流をさせていただいております。この情報発信をしていたからこそ皆様と関わることができたので、自分自身この取り組みや情報発信をやってみて本当に良かったと感じています。

これから「当事者」になる人たちへ

ここからは、今まさに違和感を抱えている人、これから診断を受けるかもしれない人、あるいはもう診断がついて手術を控えている人に向けて、率直に伝えたいことを書きます。

まず一つ目。「おかしいな」と思ったら、絶対に自己判断で放置しないでほしいということです。自分自身、最初の違和感を「疲れ」で片付けてしまった時期がありました。結果的に大事には至りませんでしたが、あのまま放置していたらどうなっていたか、今考えるとゾッとします。体からのサインは、思っている以上に正直です。おかしいと感じたら、それは体が発している立派な情報だと思って、面倒くさがらずに病院に足を運んでほしいです。

二つ目。診断がついたとき、ショックを受けるのは当然だし、無理にポジティブになろうとしなくていいということです。「前向きに考えなきゃ」というプレッシャーを自分にかける必要はありません。落ち込む時間があってもいいし、なんで自分がという気持ちを抱えてもいい。僕自身、診断直後は結構荒れていた時期がありました(苦笑)。それでも時間が経てば、少しずつ現実と折り合いをつけられるようになっていきます。焦らなくて大丈夫です。

三つ目。ペースメーカーや持病があることは、「弱さ」でも「特別扱いされるべき理由」でもなく、単なる「体の仕様の一つだと捉えてみてほしいということです。もちろん配慮が必要な場面はありますし、無理は禁物です。でも必要以上に自分を「病人」というカテゴリに押し込めてしまうと、逆に生きづらくなってしまう気がしています。僕は自分のことを「ペースメーカー搭載型の吉川」くらいの軽さで捉えるようにしていて、これが結構、精神衛生上ちょうどいいバランスだと感じています。

四つ目。一人で抱え込まないでほしいということです。家族でも、友人でも、同じ病気を抱える人のブログやSNSでもいい。誰かと繋がることで、「自分だけじゃないんだ」と思える瞬間は、想像以上に力になります。このブログも、そのための場所の一つになれたらいいなと思って続けています。

節目の年に、あらためて思うこと

異変から10年、植え込みから9年。数字だけ見るとずいぶん長い年月ですが、体感としては「あっという間」でもあり、「濃密すぎる10年」でもあり、うまく表現できないくらい色々なことがありました。

病気は突然やってきます。それは変えようのない事実です。でも、突然やってきたからといって、そこで人生が終わるわけじゃないというのも、僕がこの10年で証明できたことの一つだと思っています。当事者になったことで見える景色や、出会えた人たち、書き続けてきたこのブログも含めて、悪いことばかりじゃなかったなと、今なら素直に思えます。

これから当事者になる人、今まさに不安の中にいる人に、この記事が少しでも「大丈夫、なんとかなる」と思えるきっかけになれば嬉しいです。

というわけで、10年&9年の節目の振り返り記事でした。今後もマイペースに、心臓と、このブログと、付き合っていこうと思います。

おしまい。

記事への意見・感想などお待ちしております